1. 導入:なぜ宝石箱にセキュリティが必要なのか
あなたの大切なジュエリーや記念の品々。それらを保管している「宝石箱」は、単なる箱ではなく、思い出と価値が詰まった宝物庫です。しかし、一般的なホームセキュリティ対策から、この宝物庫は盲点となりがちです。
豪華な金庫でなくとも、身近な電子部品を組み合わせるだけで、泥棒が蓋を開けた瞬間に警報が鳴り響く 「見えない番人」を自作できます。本プロジェクトの核となる設計思想は「ステルス性と省電力」 です。装置自体を目立たなくすることで、犯人が解除に時間をかけることなく驚愕させることを目的とします。
本記事では、超小型マイコンATtiny402とコイン電池CR2032を使った、低消費電力かつ高信頼性の自作セキュリティ装置の作り方を、必要な部品、回路図、そして動作のロジックまで徹底解説します。
2. 部品の選定と仕組み:究極の「スリープ」戦略
この自作セキュリティの成功の鍵は、 「普段は極限まで眠っていて、スイッチが動いた瞬間だけ目を覚ます(起動する)」 という、マイコンの低消費電力機能の活用にあります。
2.1 検出の要:マイクロスイッチの活用
監視の核となるのが、宝石箱の蓋の開閉を検知するスイッチです。
スイッチの種類 | 特徴と選定理由 | 配置方法のヒント |
マイクロスイッチ または ディテクタスイッチ | 信頼性が高く、小型。蓋が閉じている間ずっとプランジャーが押されるように配置します。 | 蓋の蝶番付近や、箱の内側の壁と蓋の間に設置します。 |
【選定の鉄則:NC(常時閉)の配線】
泥棒が蓋を開けると、スイッチが解放され、マイコンへの信号がLowからHighに変化します。この変化(ライジングエッジ)をマイコンの 「外部割り込み」 として利用します。
2.2 頭脳:超省電力マイコン ATtiny402
回路の頭脳には、高性能ながら超小型のATtiny402を選びます。
- PicoPower Technology: スリープモードではわずか数$\mu\text{A}$(マイクロアンペア)の電流しか消費しません。CR2032電池(容量約200mAh)であれば、単純計算で年単位の待機が可能になります。
- 内蔵プルアップ抵抗: スイッチの配線をシンプルにするため、外付けの抵抗を不要にします。
- ピンチェンジ割り込み(PCINT): この機能により、マイコン全体をスリープさせながら、特定の入力ピンの状態変化だけを監視できます。
2.3 警報と電力源
部品名 | 役割と選定理由 |
CR2032電池 (3V) | 小型・軽量で、ATtiny402の駆動に最適。 |
圧電ブザー | 警報音を発生させる部品の中で、消費電流が非常に小さいため長期動作に適しています。 |
デカップリングコンデンサ (0.1 μF) | スリープから起動する際のノイズを吸収し、マイコンの動作を安定させます。 |
3. 回路図案と配線(ATtiny402の活用)
部品数を最小限に抑え、低消費電力を実現するための具体的な接続図です。
3.1 必要な部品リスト(確定版)
部品名 | 数量 | 備考 |
マイクロ/ディテクタスイッチ | 1個 | NC(常時閉)タイプを推奨 |
ATtiny402 | 1個 | 超小型マイコン |
CR2032電池とホルダ | 1組 | 3V電源 |
圧電ブザー | 1個 | 3V駆動タイプ |
セラミックコンデンサ (0.1 μF) | 1個 | VCC/GND間 |
リセット用タクトスイッチ | 1個 | 任意(警報停止用) |
3.2 接続の詳細
最も重要なのは、スイッチをGNDに接続し、内部プルアップと組み合わせるという配線です。
ATtiny402 Pin | 接続先 | 説明 |
VCC | CR2032 (+) | 電源 (+3V) |
GND | CR2032 (-) | グランド (0V) |
PA6 (入力) | マイクロスイッチ → GND | 内部プルアップを有効。蓋が開くと信号がHighに変化。 |
PA7 (出力) | 圧電ブザー → GND | 警報音の駆動。 |
UPDI | 外部プログラマ | プログラム書き込み用。 |
リセットSW (任意) | UPDIピン → GND | 警報停止や再起動に使用。 |
4. プログラミングの核:スリープと割り込みの魔法
ATtiny402をCR2032で年単位動作させるためには、プログラムで徹底的なスリープ制御を行う必要があります。
4.1 プログラムのロジックフロー
- 初期化:使用しないピンの機能を無効化し、電源を節約します。
- スイッチ設定:PA6ピンを入力モードに設定し、内部プルアップ抵抗を有効化します。
- 割り込み設定:PA6ピンに対し、 ピンチェンジ割り込み(PCINT) を有効化します。これにより、蓋が開きPA6がLow → Highに変化した瞬間をトリガーとして設定します。
- スリープ:マイコンを 最低消費電力のスリープモード(Power Down Modeなど) に移行させます。この状態が「見えない番人」の待機状態です。
- ウェイクアップと警報:蓋が開くと割り込みが発生し、マイコンが起動。警報(ブザー駆動)のループ処理に入ります。
- 警報ループ:ブザーを断続的に鳴らし(例:50ms ON / 50ms OFF)、大音量で注意を喚起します。この警報は、リセットボタンが押されるまで持続します。
4.2 プログラミングのヒント(Arduino IDE利用時)
ATtiny402のプログラム開発には、Arduino IDEにMegaTinyCoreなどのボード定義パッケージを導入すると開発が容易になります。
【スリープとウェイクアップの概念】
C
// setup() 関数内で実行
void setup() {
// 1. ピン設定: PA6を入力、内部プルアップを有効
pinMode(PA6, INPUT_PULLUP);
// 2. 警報ピン設定: PA7を出力
pinMode(PA7, OUTPUT);
// 3. 割り込み設定: PA6ピンの状態変化で割り込み関数を呼び出す
attachInterrupt(digitalPinToInterrupt(PA6), wakeUpAlarm, CHANGE);
// 初回スリープ
go_to_sleep();
}
// 割り込みサービスルーチン(ISR): 割り込み発生時に実行
void wakeUpAlarm() {
// ここで警報フラグを立てるなど、最低限の処理を行う
alarm_triggered = true;
}
// loop() 関数内で実行
void loop() {
if (alarm_triggered) {
// 警報ループ: ブザーを断続的に鳴らす
digitalWrite(PA7, HIGH);
delay(50);
digitalWrite(PA7, LOW);
delay(50);
} else {
// 警報が鳴っていない場合はスリープを繰り返す
go_to_sleep();
}
}
// go_to_sleep() 関数内でマイコンをスリープモードに移行させる
// (LowPowerライブラリなどを利用)
(注: 実際のスリープモード移行や割り込み設定は、使用するライブラリやレジスタ設定により異なりますが、これが基本的なロジックです。)
5. 設置と実用化:警報システムの完成度を高める
装置が完成したら、いよいよ宝石箱への設置です。最高のセキュリティは、犯人に存在を気づかせないところにあります。
5.1 物理的な設置の工夫
- 徹底した隠蔽性: 装置全体をできるだけ小型にまとめ、宝石箱の底面と内側の壁の隙間や、蓋の裏側に完全に隠します。基板には黒や茶色の絶縁テープを巻いて、箱の内装に馴染ませることが重要です。
- スイッチの高感度調整: スイッチ本体を隠し、プランジャーに薄いプラスチックの延長レバーを取り付けます。これにより、蓋が数ミリ開いただけで作動するよう、高感度に設定します。
- ブザーの方向: 警報音が箱の素材に吸収されないよう、ブザーの音が出る面を箱の内部の空洞や外側に向けることで、警報効果を高めます。
5.2 誤動作とリセット対策
- デバウンス処理: マイクロスイッチは、動作時に一瞬「チャタリング」と呼ばれる接点の不安定な振動を起こします。プログラムで割り込み発生後、数ミリ秒待機する(デバウンス処理)ことで、誤作動を防ぎます。
- リセット機構: 警報が鳴り始めた後、正当な持ち主がすぐに止められるよう、目立たない場所に小型のタクトスイッチを設置します。これはATtiny402のUPDI/RESETピンに接続し、マイコンを再起動させて警報を停止させる役割を果たします。
6. まとめ:安心のテクノロジーを手に
自作のセキュリティ装置は、市販品にはない 「隠蔽性」と「カスタマイズ性」 が最大の強みです。ATtiny402とマイクロスイッチの組み合わせは、まさに宝石泥棒から大切な宝物を守るための、賢く、目立たない「見えない番人」です。
このプロジェクトを通じて、電子工作の楽しさと、大切なものを守るという安心感を同時に手に入れてください。超低消費電力技術の活用は、日常のさまざまなセキュリティ対策に応用可能です。
さあ、あなたも自分だけのオリジナルセキュリティシステムを構築し、大切な宝物を静かに、そして強力に守りましょう!